
2025年11月28日
かをる
―不機嫌な人に心を奪われないためのヨガ哲学―
人と関わっていると、いつのまにか相手の機嫌に
引っ張られてしまうことがあります。
不機嫌そうな表情、短い言葉、ため息──
感じ取ってしまうと、こちらの心までざわついてくる。
「私、何かした?」
「機嫌を悪くさせてしまったのかな…」
そんなふうに自分を責めてしまうのは、
決して珍しいことではありません。
特に、人の気持ちを大切にしてきた
日本の独特の文化背景から自然な反応かもしれません。
でも、相手の機嫌が悪い理由は、本当に“あなた”なのでしょうか。
ここで役に立つのが、ヨガ哲学の「ヴィヴェーカ(識別・見極める力)」です。
これは、目の前の出来事を「自分の責任」と「そうではないもの」に分けて、
心を必要以上に疲れさせないための知恵になります。
不機嫌な人に出会うと、私たちは反射的に「自分に原因がある」と考えます。
長く“空気を読む”文化で育ってきた私たちにとって、
これは無意識のクセに近いもの。
けれど、ヨガ哲学の視点では、こう捉えます。
「相手の感情は、相手の心の状態から生まれている」
その人が疲れているのかもしれない。
仕事や家庭でストレスを抱えているのかもしれない。
もともと表情が硬いだけかもしれない。
これらはすべて、相手の内側の問題です。
その責任を、あなたが引き受ける必要はありません。
ヴィヴェーカの教えは、こうした“混同”をほどいてくれます。
不機嫌な相手といると、自分まで不思議と疲れてしまう。
それは、相手の感情を自分の中に取り込んでしまうからです。
ヨガでは、こうした状態を「心が曇る」といいます。
ヴィヴェーカが育つと、次のように感じられるようになります。
「これは相手の感情。今、私が持つ必要はない。」
この感覚を養えると、心がふっと軽くなります。
これは冷たさではありません。
“自分を大切にするやさしさ”です。
自分の心に余裕が戻ると、結果的に周りにも穏やかに接することができます。
だから、感情の境界線を引くことは、確かに思いやりでもあるのです。
私たちが「相手の機嫌=自分の責任」と感じやすい背景には、文化があります。
「和をもって尊しとなす」
人々が仲良く協調することが最も尊いという考えが根付いています。
・相手の気持ちを察することが良いこと
・和を乱さないように生きる価値観
・女性には特に「気を配る」役割が求められてきた歴史
・相手を不快にさせたら“こちらが悪い”という感覚
こうした土台の上に生きてきたのだから、
相手の不機嫌を気にしてしまうのは自然なこと。
ただ、大人になった今の私たちは、
ここで立ち止まって選び直すことができます。
“相手の機嫌まで背負う生き方”を、
もう卒業してもいいのかもしれません。
相手の機嫌まで取らなくてもいいんです。
ヴィヴェーカを実践すると、自分と他人の感情の境界線が見えてきます。
ここから内側は私の心。
ここから外側は相手の心。
この線が見えるようになると、不機嫌な人に会っても、
心の中心が揺れなくなります。
そして、人の感情に巻き込まれず、
自分の自然体の優しさを保てるようになります。
境界線を引くことは、決して“冷たい人”になることではありません。
むしろ、余裕を持って人と関われる、温度のある生き方です。
長く心の荷物を持ち続けてきた人ほど、ここに救いを感じるはずです。
今日からできる、シンプルな実践を3つ。
① 相手の表情を見た瞬間に、自分の心まで動かさない
「私は私」と心の真ん中に戻る感覚をつくる。
② “私のせい?”と思ったら、一度事実に立ち返る
感情的な反応と、現実は違うことが多い。
③ 心が揺れたら、呼吸をひとつ
吸って、吐いて、
「これは相手の感情」と静かに確認する。
この3つだけで、日常の疲れは大きく減ります。
不機嫌な人に遭遇したとき、
呼吸が浅くなることに気づいていますか?
・吸う息が肩まで上がっている
・吐く息が途中で途切れる
・喉のあたりが固くなる
そんなときは、ただ一つだけ意識します。
「吐く息を2倍にする」
プラーナ(生命エネルギー)は、
呼吸の長さと安定とともに整います。
人の機嫌で揺れる瞬間ほど、
ほんの数呼吸で自分に返れるのです。
不機嫌な人はエネルギーを吸い取る
吸血鬼のようなもの
(エナジーバンパイアとも言われているらしい(笑)
不機嫌な人に心を奪われなくなると、
あなたの毎日は静かに、でも確実に軽やかになります。
誰かの顔色を見て生きてきた時間が長いほど、
この教えを今、目の前に引き出してきて欲しいです。
あなたが、自分の心を大切にできる時間が増えますように。