ヨガ情報ニュースサイト・ヨガッコは、ヨガ・ピラティスの学校

2025年8月1日

じゅん

誠実さについて考える

「私は/僕は誠実です」と言いたい

「誠実」という言葉をどんなときに耳にしますか?
また、自分のことを誠実だと思いますか?
わたしはこの言葉を、「あの人の誠実さが好き」という肯定的なものから「あの子には誠実さのかけらもない」と否定的なものまで様々な文脈で耳にします。

あるいは、知人からとある人を紹介されるとき「あの人は根が誠実なので信頼できるよ」などという調子で耳にする場合もあります。
いずれにしても、誠実さとは、なかなか自ら「私は/僕は誠実です」と宣言することは少なく、また口にするのは憚られるもので、どちらかといえば他者からの承認が必要とされるものかもしれません。

さて、この言葉の意味について辞書を引いてみますと、次のように書かれてあります。

誠実とは、“言動に嘘や偽りがなく、真心がこもっていること”。

このように言葉にするとなかなかに立派で、できれば自分もこうでありたいものだと思わされますが、ふとわが身を振り返れば「誰かのため」と思いながら自分を優先することも少なくありません。

通勤中の電車の中で空いている席があれば座りたくなるし、ひとたびスマートフォンに夢中になれば、すぐ近くで立つご高齢の方に気がつけずにいてしまうことも。
仕事や家庭での苛立ちをひきずって他の人に接してしまうなど、例を挙げれば枚挙にいとまがないほど。

誰しもが“偽りなく”いて“真心”をもちたいと願っていても、日常生活には疲れや不安、苛立ちを呼び起こすものがそこかしこに転がっていて、それに足をすくめとられがちになってはいないでしょうか。
「私は/僕は誠実です」と言うことが難しくても、できることならそうでありたいとは願う人は少なくありません。
「誠実さ」とは人の願いであり、目指したい在り様ではないかと思います。

階段を一段、二段とのぼってみる

そんなわたしも、少なからず誠実でありたいと願う人間のひとりです。
一方でそこに自分は到達できていないとも感じています。
全く気力が湧かず動けないで迷惑かけてしまったり、心に余裕がなければ身近なひとへ不安や苛立ちを隠せないときがあります。
その場でさっとヨガマットを引き、慣れ親しんだフローに身を投じることができればどんなにいいだろうかと思いますが、多くの場合はそれがかないません。
そんなときに私が思い出すのが、ヨガの一部でもある、“ヤマ・ニヤマ(禁戒・勧戒)“です。

ヨガの経典『ヨガ・スートラ』には八つの段階があると言われています。
この段階はピラミッドに例えられたり、同心円で表現されたりしますが、ここでは八つの階段を想像してみます。
一番てっぺん(八段階目)に目指すものがあり、そこへ向かって一段ずつ階段を登っていくイメージです。
ヨガマットを敷き、その上で「動いたり」「ポーズをとる」のは、八段あるうちの三段目にあたります。
それでは、始めの一歩ともいえる一段目、続いて二段目は何でしょうか。
これにあたるのが “ヤマ・ニヤマ(禁戒・勧戒)“であり、言い換えれば「ヨガ哲学を取り入れる行動指針」、ヨガの基礎にも位置づけられます。
ヤマ(禁戒)は「してはいけないこと」、ニヤマ(勧戒)は「するべきこと」について、それぞれ5つの項目に分け、すべて日常生活のなかに取り入れられるものとして示されています。

「わたしの苦しみ」を理解する

そのなかでも、わたしが特に思い出すのは、戒律のうちの1つ「苦行(tapas:タパス)」(以下、タパス)です。
苦行という字面をみるとまるで修行のようですが、実際は「苦しいことを積極的にする」だけでなく、「その苦しみを知る」ことも含まれます。

それは、自分が何に苦しみ、苛立ち、悲しんでいるのか、日常のあちらこちらに転がるネガティブな感情や考えへの理解を深めることであり、そしてそれらが本当に自分にとって大事なものか(克服すべきか)を振り返ることです。

克服すべきものであるとわかれば次にうつ手を考えれば良いですが、もしかするとその感情はただの執着であったり、もしくは自分のエゴかもしれません。
もう一度「誠実さ」について振り返ってみると、それは“言動に嘘や偽りがなく、真心がこもっていること”でした。
しかしながら、こうしたい・こうあらねばという考えが念頭にあっても、いざ現実世界に身を置けばそのようには動けない、心をこめられない瞬間に沢山遭遇します。
勿論、無理してでも動くことだけが正解ではありません。

心をこめられない瞬間があるのは人であれば誰しもあります。
タパスが教えてくれるのは、そうした瞬間が訪れたときに、克服しようと努力を促すだけでなく、立ち止まること、そして省(かえり)みること、それによって嘘偽りのない自分へ少しでも近づかせてくれることではないかと思います。
なにより自分の中で生まれたネガティブな感情と向き合うことこそ、滝に打たれるよりもずっと苦行かもしれないとも思うのです。

誠実な人間か?と再度問う

ヤマ・ニヤマ(禁戒・勧戒)では、正直でいることそのものを説く項目があるほど、誠実さとヨガはとても近しく、ヨガの教えには誠実に生きるためのヒントが多分に含まれています。
タパスはその一例に過ぎません。

追われていく生活のなかで、誠実に生きようと努めたり、自分の苦しみへの理解を深めようとするのはきっと難しく、時間をとることもままならないこともあるでしょう。
そんなときこそ、スタジオでも耳にするヨガの呼吸を思い出します。
いつもより一秒深く吐き、吐き切ったところ新しく吸ってみる。
その数秒だけでも立ち止まることが、わたしやあなたの「誠実に生きる」をきっと後押ししてくれます。

最後に、「わたしは誠実な人間か?」という問いをもう一度自分に問いかけてみます。
それにうんと頷けない方は、わたしと一緒に「誠実であるにはどうしたらよいか」とさらに問いを立ててみます。
その手がかりを、ヨガの中に見出す瞬間が訪れましたら幸いです。

The following two tabs change content below.

じゅん

速さを求められがちな生活のなかで、立ち止まることや、身体や時間と真摯に向き合うことの大切さを教えてくれたのがヨガでした。 普段置き去りにしてしまいがちな自分の身体や呼吸とおしゃべりしてみる、そんな時間を過ごさせてくれるヨガが今はなくてはならない存在です。 クラスにお越し頂くみなさまにも、身体の様子や変化に気がついたり、集中することの心地よさを味わえる時間を提供できるよう、学びつつ休みつつ、ときに反省しながら頑張ります。

最新記事 by じゅん (全て見る)

Page Top